においたつ
雨の一夜を越え、静かな朝を迎える。その始まりに、ゆっくりと雨戸を開ける瞬間が好きだ。この国独特の、湿気を含んだ空気は異邦人である僕の肌にもしっとり馴染む。
「・・・うん、いい朝だ」
雲間から差し込む澄んだ光が、遠くの山を照らしていた。それに目を細めながら、深呼吸をひとつ。
そのとき、気付いた。
「グッモーニン、ヒュースケン君っ」
「わ・・・っ、ハリスさん!」
不意に背後から抱きしめられ、驚きつつも倒れないように踏ん張る。
「おはようございます、朝から驚かされちゃいましたよ」
「ふふふ、作戦成功だなっ。・・・お、雨は上がったみたいだね」
「ええ。気持ちのいい朝ですよ。そうだ、ハリスさん」
「ん?」
「外の空気、吸ってみてください」
「なにか面白いものでも・・・? あ、」
「気付きました?」
「驚いた。春の香りがするよ!」
雨の後の、ひときわ濃い空気。その中に、かすかな甘い香りが含まれていた。昨日までの張り詰めた冬の空気とは違った、やさしい春の兆し。
「また、季節が変わっていきますね」
少しの寂しさと、大きな期待を伴って。
「早くあったかくなるといいね、寒いのは苦手で・・・」
「それ、夏も言ってましたよ。暑いのは苦手だって」
「デリケートなのだよ私は! もうずっと春でいいよ!」
「それならいつでもチューリップが咲けますねー」
もうすぐ、きっと春が来る。
新しい予感に、胸が高鳴るのを感じていた。
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今年初めて、春の気配を感じたので。
雨上がりの濃い空気がとても好きです。